学校の教室で全体を見渡すと高確率で目が合う人がいた。特に意味もなく見ていたので何事もなかったかのように逸らして終わるけど、それが異性だとちょっとした気恥ずかしさがある。
しかしながらその先があるはずもなく、ただお互い周りを見てしまう癖があるんだなぁってだけでその人とは言葉も交わしたことがなかった。
「だからね!今あの人の行動が全ッ然分かんないのマジで!」
「あ゛ーーうるせえ恋愛脳丸出し会話なら他あたれ、そういうの好きなヤツわんさかいんだろ」
「いや恋愛とかじゃなくて。だって千空なら何か聞いてるかと思ったから」
ここは学校の教室ではない。青空教室ならあるのだけれど。
屋外で仕事をしていても辺りを見渡してしまう癖は変わらなくて、そしてやっぱり私と同じようにキョロキョロしている人が何人かいる。それだけなら良い。しかし最近、交わっても1秒ともたず離れていく視線を掻い潜って、何故か私だけをじっと見ている人間がいるのだ。
「私、何か変?変な事しちゃってる?挙動不審??」
「いやいっそ直接聞け本人に。それが一番合理的で手っ取り早えだろうが」
「無理だよ」
最近偶然で片付けるには不自然なくらい目が合いますよね?って本人に聞くなんて、ただの自意識過剰である。それは恥ずかしすぎる。そんな事で声をかけて「全然違うが?」なんて言われたらもう二度とその顔をまともに見れないだろう。
「七海龍水、分からない……」
「呼んだか?」
「ひっ」
返事があるなんて想定してない。寝てる時間以外の私の思考を占拠しつつある男が真後ろに立っている。
「龍水テメーいい加減そいつをなんとかしやがれ。テメーのせいで心臓ドキドキが止まんねえんだとよ」
「そこまでは言ってない!」
「良いから聞け早く。二人して俺を巻き込むんじゃねえ」
耳を掻きながら斜め上に視線を逸らす千空のなんと胡散臭い事か。
「うう、千空の意地悪」
改めて龍水に向き直ると、当たり前だがばっちりと目が合った。でも、かつてない至近距離だ。いつもは少し離れた所から見られているから。
「あ、あの」
「ん?」
龍水はなんでそんな真っ直ぐ見つめてくるの。私って別に目立つわけでもないし、でも龍水は私がそこにいるって分かって見てるし、そんな見られると気になるしかといって不躾とは全く感じていない自分がいて逆に逸らすのはおかしい気がして何秒も見つめ合っちゃうし、これじゃまるで私の方が――
「い、言えるか!無理!」
遠くから目が合っただけで固まってしまうというのに、こんな近くで喋るなんて無理だ。
そういや杠に呼ばれてたと苦し紛れの嘘をついて、私はその場から逃亡した……つもりが、すぐそこで龍水に捕まってしまった。
「悪いが鬼ごっこに興じるつもりはないぜ?」
掴まれた手首が熱い。しかしその強さは振りほどこうと思えばできてしまうようなもので、選択の余地を与えてもらっているのは私なのだという事実を否応なしに理解させられた。
千空に散々迷惑がられてたうえに龍水からも逃げだしたら、私は本当にどうしようもない人間になってしまう。そう思わされるような。
「龍水。その……見過ぎ、だから……」
「そう思うのなら名前、貴様も俺を見ると良い。いつものようにな」
やっぱりいつも見てる、見てるじゃん私も!
このまま俯いていても旋毛に穴が開きそうで、なんとか視線を地面から龍水の口辺りまで上げた。これ以上は、ちょっと。
「まだ足りん」
その一声と同時に顎を持ち上げられ、強制的に私と龍水の視線は交わる事になった。
「フゥン、どうやら満更でもないな貴様」
どうやらなんて言うわりには、まあ当然だがという表情で龍水は私の瞳の奥までも見通しているようだ。
恥ずかしいなんてとうに通り越して悔しさすら感じられる。私は四六時中悩んでいたというのに、この七海龍水という男ときたらどこまでも余裕である。
「えーっと、あんまりちゃんと話とかしてなかったよね私たち。その、目は合うけど……」
千空とはよく喋るけど――だいたい龍水の視線の意味が分からないという私からの一方的な話だ――龍水自身とはあまり言葉を交わした記憶がない。
「確かにな!だが今日から、貴様が今まで千空に話していた事は全部俺に言えば良い。そうすれば俺と話す機会の方が多くなるだろう?」
「うん…………ん?」
「ん?」
龍水は千空と何か競ってるのだろうか。男同士のあれこれに首を突っ込んでもどうせ分からないので「そうだね」と言っておいた。小首を傾げていた龍水も満足そうに笑ったので、取り敢えず間違ってはいないようだ。
「ところでさっきドキドキがどうとか言っていたような」
「あーあー何も言ってませーん!」
その後、死にものぐるいでこの場をおさめて、私と龍水は目が合えば一言二言交わす程度の仲にはどうにか進展したのである。
2021.1.23 マナザシ熱帯夜
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